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質問する選手を育てるのではなく、質問できる文化を育てる

執筆者の写真: tokiofujiwara
tokiofujiwara
6月19日
読了時間: 3分

最近、私たちが現場で考え続けているテーマがあります。

それは、

「どうすれば質問できる文化が生まれるのか」

ということです。


よく、

「質問する選手は伸びる」

と言われます。


私自身もそう感じる場面はたくさんあります。

しかし、現場で選手たちを見ていると、もう少し深いものがあるように感じています。

伸びている選手は、必ずしも質問が多いわけではありません。

説明を聞いている時の表情が違います。

目が光っている。

そして時には悩んでいる顔をしています。

理解しようとしている。

自分なりに考えようとしている。

何とか腹落ちさせようとしている。

そんな姿が見えます。


一方で、伸び悩む選手にも共通点があります。

話は聞いている。

返事もしている。

しかし、どこか聞いたつもりになっている。

できなかったことを残念に思うだけで終わってしまう。

もちろん、それは能力の差ではありません。

私自身も今、選手たちを見ながら考えています。

何が違うのだろう。

どこで差が生まれるのだろう。

そして最近、一つの仮説が見えてきました。


それは、

質問は成長の結果ではなく、成長の入口なのかもしれない。

ということです。

私たちが大切にしている「面知ろい」という考え方があります。

面(現実)を知る。

気づく。

問いが生まれる。

行動する。

変容する。

上達する。

愉しくなる。

そして、さらに面知ろくなる。

私はこの循環の中に、

「質問」

があるのではないかと感じています。


だから私たちは、

質問する選手を育てようとしているのではありません。

質問できる文化を育てようとしています。

なぜなら、質問は個人の能力ではなく、環境によって生まれるものだと考えているからです。

「こんなことを聞いたら恥ずかしい」

「怒られるかもしれない」

「分からないと言えない」

そんな環境では質問は生まれません。

しかし、

「分からないと言っていい」

「失敗してもいい」

「疑問を持っていい」

「自分の考えを話していい」

そんな環境の中では、少しずつ問いが生まれ始めます。


私たちが目指しているのは、

指導者がたくさん話すチームではありません。

選手がたくさん質問するチームでもありません。

選手同士が問いを交わし、共に学び合う文化があるチームです。

なぜなら、野球はいつか卒団の日を迎えるからです。


しかし、

自ら問いを持ち、

自ら考え、

自ら学び続ける力は、

人生の財産になります。


西かがわメソッドは完成した理論ではありません。

選手、保護者、指導者が共に創り続けるメソッドです。

だから私たちも答えを教えるだけではなく、

子どもたちと一緒に問いを探しています。

私たちが育てたいのは、

質問する選手ではありません。

質問できる文化の中で、自ら考え続ける選手です。

そして、その文化は指導者だけでは作れません。

選手も、

保護者も、

指導者も、

共に創っていくものです。

だから西かがわメソッドは、

完成したメソッドではなく、

共に創り続けるメソッドなのです。

「私ではなく、私たち」


その第一歩は、

安心して質問できる文化づくりなのかもしれません。

皆さんのお子さんは最近、

どんな疑問を持ちましたか。

そして私たち大人は、

その問いを歓迎できているでしょうか。


WEST KAGAWA LINK BASEBALL

私ではなく、私たち。ともに学び、ともに育ち、未来を創る。


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