質問する選手を育てるのではなく、質問できる文化を育てる
最近、私たちが現場で考え続けているテーマがあります。
それは、
「どうすれば質問できる文化が生まれるのか」
ということです。
よく、
「質問する選手は伸びる」
と言われます。
私自身もそう感じる場面はたくさんあります。
しかし、現場で選手たちを見ていると、もう少し深いものがあるように感じています。
伸びている選手は、必ずしも質問が多いわけではありません。
説明を聞いている時の表情が違います。
目が光っている。
そして時には悩んでいる顔をしています。
理解しようとしている。
自分なりに考えようとしている。
何とか腹落ちさせようとしている。
そんな姿が見えます。
一方で、伸び悩む選手にも共通点があります。
話は聞いている。
返事もしている。
しかし、どこか聞いたつもりになっている。
できなかったことを残念に思うだけで終わってしまう。
もちろん、それは能力の差ではありません。
私自身も今、選手たちを見ながら考えています。
何が違うのだろう。
どこで差が生まれるのだろう。
そして最近、一つの仮説が見えてきました。
それは、
質問は成長の結果ではなく、成長の入口なのかもしれない。
ということです。
私たちが大切にしている「面知ろい」という考え方があります。
面(現実)を知る。
気づく。
問いが生まれる。
行動する。
変容する。
上達する。
愉しくなる。
そして、さらに面知ろくなる。
私はこの循環の中に、
「質問」
があるのではないかと感じています。
だから私たちは、
質問する選手を育てようとしているのではありません。
質問できる文化を育てようとしています。
なぜなら、質問は個人の能力ではなく、環境によって生まれるものだと考えているからです。
「こんなことを聞いたら恥ずかしい」
「怒られるかもしれない」
「分からないと言えない」
そんな環境では質問は生まれません。
しかし、
「分からないと言っていい」
「失敗してもいい」
「疑問を持っていい」
「自分の考えを話していい」
そんな環境の中では、少しずつ問いが生まれ始めます。
私たちが目指しているのは、
指導者がたくさん話すチームではありません。
選手がたくさん質問するチームでもありません。
選手同士が問いを交わし、共に学び合う文化があるチームです。
なぜなら、野球はいつか卒団の日を迎えるからです。
しかし、
自ら問いを持ち、
自ら考え、
自ら学び続ける力は、
人生の財産になります。
西かがわメソッドは完成した理論ではありません。
選手、保護者、指導者が共に創り続けるメソッドです。
だから私たちも答えを教えるだけではなく、
子どもたちと一緒に問いを探しています。
私たちが育てたいのは、
質問する選手ではありません。
質問できる文化の中で、自ら考え続ける選手です。
そして、その文化は指導者だけでは作れません。
選手も、
保護者も、
指導者も、
共に創っていくものです。
だから西かがわメソッドは、
完成したメソッドではなく、
共に創り続けるメソッドなのです。
「私ではなく、私たち」
その第一歩は、
安心して質問できる文化づくりなのかもしれません。
皆さんのお子さんは最近、
どんな疑問を持ちましたか。
そして私たち大人は、
その問いを歓迎できているでしょうか。
WEST KAGAWA LINK BASEBALL
私ではなく、私たち。ともに学び、ともに育ち、未来を創る。





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